【 MCS 】半導体製造を支える司令塔
これまでの記事では、半導体製造の複雑な前工程を管理する製造実行システム(MES)についてご紹介してきました。
→半導体前工程向け製造実行システム(MES)機能要件編はこちら
→半導体前工程製造実行システム(MES)システム構築編はこちら
工場の全自動化において、製造実行システム(MES)と同様に製品の品質と生産効率を大きく左右するのが搬送制御システム(MCS)です。
今回は、半導体前工程における複雑なプロセスを管理し、工場全体の自動化、生産性向上に不可欠なMCSについてご紹介します。
搬送制御システム(MCS)とは?
半導体業界におけるMCSとは、「Material Control System」または「Material Handling
Control System」の略で、工場内の搬送・ストッカー(棚)を統合的に管理・制御するシステムです。
MCSはMESからの所在・工程情報をもとにOHT/OHS/AGVといった搬送設備をリアルタイムに制御し、次の工程の作業対象装置や装置に近い棚へ製品(FOUPなど)を搬送するための指示を行います。
半導体工場において、仕掛品であるウェーハは数百工程を経て完成に至ります。
その過程では、ウェーハが各工程間を絶えず移動しており、この膨大な搬送を効率的かつ正確に制御するために欠かせないのがMCSなのです。
MCSの役割
MCSの役割は、工場内の搬送を「止めない」ということです。
MCSは、天井を走るOHTや工場内を移動するAGVなどの自動搬送機器を統括し、FOUPを最適なルートとタイミングで目的地へ届けます。
数十台、数百台の搬送機が同時に動く環境では、衝突や渋滞を避けるだけでなく、優先順位に応じた搬送指令も必要です。
そのため、高精度な制御と柔軟な運用判断が求められます。
もし搬送が滞れば、装置は処理対象のFOUPを待つことになり、稼働率が低下します。
これは生産性を大きく低下させる要因となるため、搬送指令の正確さ・スムーズさは工場全体のパフォーマンスを左右します。
また、仕掛品の所在をリアルタイムで管理できることもMCSの重要な役割です。
ロットがどこにあるのかを常に追跡することで、滞留や紛失のリスクを防ぎ、トレーサビリティの確保につながります。
さらに、短納期案件や試作品など優先度の高いロットを迅速に搬送できる特徴を備えており、多様な生産ニーズにも柔軟に対応できます。
MCSが制御する主な設備
ここではMCSが制御する主な設備についてご紹介します。
MCSは下記の多様な設備を統括し、工場全体の自動化を支援します。
工場のレイアウトに応じて使用される設備は異なりますが、近年の傾向としては、搬送設備には工程間・工程内両方の搬送を可能とするOHTが、またFOUPの保管用バッファには設置スペースを効率的に活用できるUTSが主流となってきました。
OHT |
軌道レールを必要とし、工程間・工程内の両方を広範囲に |
OHS |
軌道レールを必要とし、工程間の搬送に使用する |
AGV |
軌道レールを必要としない。 |
ストッカー |
保管棚、スタッカークレーン、入出庫部で構成される自動 |
UTS |
OHTの軌道下や軌道横に設置されるFOUPの一時保管用 |
※参考:一般社団法人 日本半導体製造装置協会
「半導体製造装置用語集(Factory Integration)」
https://www.seaj.or.jp/semi/yogo/factory/words.html(参照日:2025年9月18日)
MCSの主な機能 –工場内の搬送を止めない仕組み–
ここからはMCSが持つ主な機能についてご説明します。
1. ディスパッチとは?
まずは、MCSの中核機能であるディスパッチについてご紹介します。
ディスパッチとは、「搬送する」という意味で使われる言葉です。
実際に、MCSは半導体チップやウェーハが次に作業する製造装置や保管場所を選び、最適なルートで搬送できるように指示を出します。
これは、生産ラインのボトルネックを解消し、稼働率を最大化する上で非常に重要な役割を果たします。
また、ディスパッチにはいくつかの種類があり、それぞれ異なる目的で使われます。
以下で、各ディスパッチの特徴について詳しく見ていきましょう。
ストッカー→ストッカーのディスパッチ(保管場所の最適化) |
[ 特徴 ] 搬送元のストッカーへの入庫順(FIFO)に、次工程の作業可能な装置に近いストッカーを選び、搬送します。 容量の空き状況や搬送距離を考慮して最適なストッカーを決定します。 |
ストッカー→装置のディスパッチ(装置搬送の最適化) |
[ 特徴 ] 搬送元ストッカーから行き先が決定した装置へFOUPを搬送します。 待機時間や処理能力を考慮し、装置までの最適な搬送経路を決定して搬送します。 |
装置→装置/ストッカーのディスパッチ |
[ 特徴 ] 搬送元の装置から処理完了後のFOUPを次工程の装置またはストッカーへ搬送します。 速やかな移動により装置のポートを空けることで 装置のアイドルタイムを最小限に抑え、生産性を向上させます。 |
2.搬送の種類
次に、MCSが制御する搬送の種類についてご紹介します。
工程間搬送 |
次工程の作業可能な装置から最短で作業できる装置を選び搬送します。 ・ 作業可能装置へ直接搬送可能な場合、その装置へ搬送する ・ 工場レイアウトや搬送経路の状況に応じて、中継ポイントのストッカー(棚)へ搬送する ・ 工場が複数階層で構成されている場合には、垂直搬送装置を用いて階層間の移動を 工程間搬送は、工場全体のレイアウトをもとに作業可能装置の負荷状況や距離を考慮して最適な搬送経路を決定して搬送します。 |
工程内搬送 |
同一工程内で装置→装置へ直接搬送が可能な場合は、直接搬送(ダイレクト搬送)します。
搬送中に作業可能装置が変更された場合は、リアルタイムで搬送指令を切り替えるなど柔軟な指示も可能です。 工程内搬送は、工程間搬送に比べて短距離ですが、搬送頻度が高いため制御の柔軟性が重要となってきます。 |
MCSは工程間搬送と工程内搬送を最適化するだけでなく、工場レイアウトに応じて設備を組み合わせ、ストッカーやUTSなどのバッファを活用することで、工場全体の搬送効率を最大化します。
MESとの関連 –MESとMCSの連携で実現する生産性向上–
半導体工場の生産管理を支えるMESとMCSですが、「MESだけで運用する場合」と「MESとMCSを組み合わせて運用する場合」とでは、生産効率に大きな差が生まれます。
MESだけで運用する場合
MESは各ロットの進捗を管理し、「どのロットをどの装置で処理するか」を決定します。
しかし、実際にFOUPをどのように搬送するかまではカバーしていません。
そのため人手搬送が主体となり、下記の様な課題が生じやすくなります。
【主な課題】
・装置前でFOUPを待つ時間が増え、生産性の低下につながる
・オペレーターの判断ミスによる搬送トラブルが生じやすい
・FOUPの現在位置が分かりづらく、トレーサビリティに欠ける
・工場全体のリードタイムが長くなる
・人手搬送が中心となるため、多くの現場作業者(オペレーター)を必要とする
MES + MCSで運用する場合
MESが「何をどこで処理するか」を決め、MCSが「どう運ぶか」を自動制御することで、工場全体の生産性向上に貢献し、下記の様なメリットが得られます。
【主なメリット】
・OHTやAGVなどの自動搬送システムをリアルタイムで最適に制御する
・搬送待ちによる装置の空き時間を削減し、稼働率を向上させる
・FOUPの位置や状態を常時トラッキングでき、仕掛品の滞留を防止する
・ホットロット(納期遵守品などの緊急ロット)を優先的に搬送し、短納期での対応が可能となる
・搬送の自動化に伴い、省人化による人的コスト削減とヒューマンエラーを未然に防ぐ
このようにMESとMCSを組み合わせることで、工場規模を問わず、高効率かつ柔軟な生産対応を可能にし、工場全体の競争力向上につながります。
24時間365日の稼働を支えるMCS
MCSの役割は、「工場内の搬送を止めないこと」という風にご紹介しました。
半導体工場は一日どころか数十分などのわずかな停止が工場全体の生産へ致命的な影響を及ぼすため、止まることが許されません。
そのため、MCSには常に高い可用性を維持できる設計が求められます。
■システムを止めない
MCSは工場全体の搬送制御を担う基幹システムです。
そのため、サーバの二重化や冗長構成、障害時の自動切換え(フェールオーバー)といった仕組みを取り入れ、高い可用性を維持する必要があります。
これらにより、「MCSが停止しない仕組み」を確保します。
■ロットを止めない
MCSは数百規模のOHTやAGVを統括し、ロットが滞留することなく次工程に進むよう、搬送を最適化します。
搬送待ちや渋滞を防ぎ、ホットロットを優先的に処理することで、「工場の生産ライン全体を止めない」運用を支えます。
まとめと今後の展望
MCSは、工場内の搬送を「止めない」ことを使命とし、MESと連携しながら24時間365日の稼働を支えています。
システム/ロットの両面から半導体工場の生産性と柔軟性を高める中核的なシステムです。
今後、AIやシミュレーション技術との融合により、搬送経路の動的最適化や自立搬送機器とのシームレスな連携により高度な進化が期待されます。
MCSはさらに進化し、次世代スマートファクトリー化の実現を支える存在であり続けるでしょう。
弊社は長年にわたり半導体業界のお客様に寄り添い、様々なシステム開発に携わってきました。
MESの導入検討からシステム開発、リリース後の運用までトータルサポートし、継続的な改善をご支援いたします。
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